震災の陰で沖縄には。

しゅんさん

2011年07月16日 19:41

 明日は、台風のため、ダイビングは中止になってしまいました。
 ルカン礁に、連れていってもらう予定だったのですが、糸満の船は台風の為に丘に上がったそうです。
 
 自然には勝てません。
 しかし、人間の 蛮行 には 勝たないと。

  震災、原発被害の陰で、沖縄に対する辺野古基地建設、オスプレイ配備だけは、既定事実の如く、
 その強制が進められています。
  日米合意だから変更できないなんて、独立国の外交として、あり得ないことです。
  日本は、これまで沖縄に強いてきた歴史を反省することもできないのでしょうね。
  オスプレイが静かで安全なら、日比谷公園に、オスプレイの離着陸帯を造ればいい。
  管おろしが騒がしいですが、管の後継者といわれる、口先番長前原 を中心に与野党こぞって、沖縄の 分断に躍起となっています。

  でも、沖縄も、私には、何かしっくりこないことがあります。
  嘉手納、普天間、爆音訴訟には、2万人を越える人たちが結集しています。私もそれなりに係わっていま  す。嘉手納飛行場の地主の数は、一坪反戦地主を除いても、5000人以上、普天間飛行場は、200  0人以上の軍用地主がいますが、今だ、土地を返せと立ち上がる人たちは、反戦地主の人たちだけ。
  地主の中から、これ以上、軍用地に使用させないぞ という声がなぜ出てこないのでしょう。
  静かな夜を返せ と言う声と同じように、いやそれ以上に、人々の命を脅かす、軍用地を返せという   声が、どうして大きくならないのでしょうか。
   何か、元気が出ません。
   在沖海兵隊のホームページを見ると、軍用地料を、米軍が沖縄に与えている経済効果だと主張してい  ます、こんな主張をさせたままでいいのでしょうか。
   人の命を盾にしたお金なんて、何なのでしょうか。沖縄、嘉手納、普天間から、イラク、アフガンに  行った米兵は、イラク、アフガンの多くの子どもたちの命を奪っているというのに、

  高校のころ、石川啄木の詩が好きでした。
  「はてしなき議論のあと」という詩です。
   ‘V NAROD!’ すでに後期中年ですが、高校時代に心を打ったこの言葉を忘れられません。
  私は、団塊の世代を少し後れた世代です、あの時代を高校生ですごしました。
   逆にそうだからこそ、純粋に、当時の気持ちが何かあるたびに、頭をもたげてしまうのかもしれませ  ん。 
    長いので、
    引用させてもらいます。

   http://www.nextftp.com/y_misa/takuboku/takuboku13.html 
   
   また、8月が近づいてきました。

   今年は、娘と8月6日、広島に帰る予定です。娘から行きたいと言い始めました。
   娘は去年の8月6日にも広島に行っています。

   はじめて沖縄にきて、金城共同法律事務所に入所させてもらいました。
   その歓迎会で、沖縄の心と広島の心は同じといった挨拶をしました。

   広島市立図書館のホームページで、峠三吉の詩の朗読がありました、
     http://www.library.city.hiroshima.jp/touge/index.html

   リンクフリーということで、貼り付けさせてもらいます。
   沖縄にきた、原点をもう一度、見つめ直してみたいと思います。

    http://www.library.city.hiroshima.jp/touge/read/work01.html
  
    http://www.library.city.hiroshima.jp/touge/read/work06.html

     

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